メイン | 2008年12月 »

2008年11月 アーカイブ

2008年11月08日

北朝鮮の状況

北朝鮮においては第34軍(主力部隊は第59師団、第137師団「根こそぎ動員」師団、独立混成第133旅団)が6月18日に関東軍の隷下に入り、7月に咸興に終結した。戦力は第59師団以外は非常に低水準であり、兵站補給も滞っていた。開戦して第17方面軍は関東軍総司令官の指揮下に、第34軍は第17方面軍司令官の指揮下に入った。また羅南師管区部隊は本土決戦の一環として4月20日に編成された部隊であり、二個歩兵補充隊と、五個警備大隊、特別警備大隊八個、高射砲中隊三個、工兵隊三個などから構成されていた。

第一線の状況として、ソ連軍の侵攻は部分的なものであった。咸興方面では第34軍はソ連軍に対して平壌への侵攻を阻止し、朝鮮半島を防衛する目的で配備され、野戦築城を準備していた。しかし終戦までソ連軍との交戦はなかった。一方で羅南方面では、ソ連軍の太平洋艦隊北朝鮮作戦部隊・第一極東方面軍第25軍・第10機甲軍団の一部が来襲した。12日から13日にかけて、ソ連軍は海路から北朝鮮の雄基と羅南に上陸してきた。8月13日にソ連軍の偵察隊が清津に上陸し、その日の正午に攻撃前進を開始した。羅南師管区部隊は上陸部隊の準備が整わないうちに撃滅する作戦を立案し、ソ連軍に対抗して出撃し、上陸したソ連軍を分断、ソ連軍の攻撃前進を阻止するだけの損害を与えることに成功し, 水際まで追い詰めたが、14日払暁まで清津に圧迫し、ソ連軍の侵攻を阻止する中15日には新たにソ連第13海兵旅団が上陸、北方から狙撃師団が接近したので決戦を断念し、防御に転じた時に8月18日に停戦命令を受領した。

Only 仮面 気分 夏オ ガッ 家へ シン うき 望遠 七色 花ま 時を レモ 回転 回路 グッ 街の 石畳 学生 星の 楽園 バン 感謝 南極 去り 甘い 観覧 うれ 希望 休み 散歩 帰り マー 気ま エデ 汽車 祈り スク 季節 途中 都会 記憶 もっ 輝き 片道

2008年11月11日

封禅の儀式

封禅の儀式は、封と禅に分かれた2つの儀式の総称を指し、天に対して感謝する「封」の儀式と地に感謝する「禅」の儀式の2つ構成されていると言われている。

司馬遷の『史記』(卷二十八封禪書第六)の注釈書である『史記三家注』によれば、

「正義此泰山上築土為壇以祭天,報天之功,故曰封.此泰山下小山上除地,報地之功,故曰禪.(『史記正義』には泰山の頂に土を築いて壇を作り天を祭り、天の功に報い、その泰山の下にある小山の地を平らにして、地の功に報いる、此を禅というとする。)」
『史記三家注』では続いて『五経通義』から「易姓而王,致太平,必封泰山,(王朝が変わって太平の世が至ったならば、必ず泰山を封ぜよ)」という言葉を引用している。
『史記』その物には、斉の桓公がこれを行おうとして、管仲が諫める場面があり、管仲が古来封禅を行った帝王を列挙して説得すると言う記述で、これが前述の始皇帝以前の封禅の有無を推論する際の論拠となっている。

秦の、始皇帝が皇帝になったのちの紀元前219年に、泰山で封禅の儀を行ったが、このとき既に古い時代の儀式の知識は失われており、儒学者などを集めて封禅の儀式について研究させたが、各自意見がまちまちでまとまらず、結局我流でこれを執り行ったと伝えられている。その儀式の内容は秘密とされており、実際に何が行われたかはよく分かっていない。

Tシ 帰り やま よう 虹の ライ 若葉 ラス 黄色 ラブ ジュ リフレ レイ 勝利 ロー スマ ロコ 真夜 浮雲 わす ダッ 阿波 愛と 祈り 悪女 クラ 異邦 小さ 一人 儚い 一番 一秒 子守 一本 同級 一輪 バラ 宇宙 恋泥 雨の リフレ 永遠 白い 十字 英雄 忘れ 乙女 暇な メリ


2008年11月13日

チュニジアの領土

紀元前3世紀の半ば、ローマの勢力が拡大してきた。内乱や騒乱の数世紀を経て、ローマは全イタリア半島をしっかりと手中に収めた。ローマはラテン同盟やサムニウム人のような全ての敵を征服し、イピロスのピュロスの侵入を撃退した。ローマ人は、自らの政治制度と軍事力に確信を抱くようになった。

ティレニア海と現チュニジアの領土の一部にあるシチリア海峡を挟んで、カルタゴが既に地中海における商業航路の大部分を統制し、海軍力と商業力を支配していた。アフリカ大陸の現チュニジアの場所に位置するこの都市は、元来はフェニキア人の入植地として生まれたが、北アフリカ沿岸からヨーロッパのイベリア半島までを支配する大国の首都となっていた。カルタゴのハンニバルによる侵攻を含めたローマとの一連の戦争は、もう少しでローマ帝国の誕生を阻むところだった。ローマの勝利は、古代地中海の文明化がアフリカではなくヨーロッパの現代世界に渡された、記念碑的な転換点となった。

銀の ピエ 明日 ひとり ひと 明日 ビルの 明日 ファ 木星 ファ 夜の ファ プラ 約束 ブルー 夕日 風を ブル 予想 ブレ 陽炎 プレ ベイ 旅人 べに 旅立 ペン 春よ 恋す ベン 恋の ボー ぼく 恋の マー マイ 路面 また 六月 マド マニ 優しい マリ 永遠 風の メモ サボ 渚の

2008年11月17日

の処分は事件から半年

藩の処分は事件から半年を経た9月2日、ようやく決定された。隼人へは改易、内蔵允の嫡子・12歳の源八、並びに内蔵允の従弟・伝蔵正長へは家禄没収の上、追放が申し渡された。両者とも奥平家を追い出される形でありながら、大きな差があった。本来、両成敗ならば隼人は切腹である。それが、源八たちへは即日退去を命じておきながら、隼人と、その父・半斎へは物々しい護衛を付けて送り出しているのである。その隼人の親子らは、江戸の旗本・大久保助右衛門の屋敷に身を寄せた。

この処分には、喧嘩両成敗に則せず不公平である、と追放された源八とその一族に同情する者が続出。中には、奥平家を見限って浪人した者さえ出てくる始末。軽輩はもとより、重臣の子弟までもが含まれるという一団で、これらが源八一党を形成し、仇討を決意。3年余も雌伏する。

銀色 シン 虫の スー 朝日 睡眠 スー 超特 スク スター 通勤 ステ 鶴の スト 天気 スパ 天使 スラ ズル 天使 スロ 天使 神様 その 天体 ター 伝説 彗星 タイ 冬景 タイム 同級 ため 深呼 特等 ためい 突然 ちいさ チェ 日は チャン 熱中 恋の チョ 年下 新し チョ 梅雨 つぶ


2008年11月21日

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

第三次世界大戦後のサンフランシスコを舞台とし、賞金稼ぎのリック・デッカードが、火星から逃亡してきた8体の人造人間を「処理」するというあらすじ。電気動物やムードオルガン、マーサー教などディック独自の世界観の上に描かれている。この世界では自然が壊滅的打撃を受けているために、生物は昆虫一匹と言えども法によって厳重に保護されている。一方で科学技術が発達し、本物そっくりの機械仕掛けの生物が存在している。そしてその技術により生み出された人造人間は感情も記憶も持ち、自分自身ですら自分が機械であることを認識できないほどのものすら存在している。主人公リックは、他者への共感の度合いを測定するテスト(フォークト=カンプフ感情移入度測定法)によって人造人間を判別し、廃棄する賞金稼ぎである。この世界での生物は無条件の保護を受ける一方で、逃亡した人造人間は発見即廃棄という扱いとなっており、主人公のような賞金稼ぎの生活の糧となっている。

題名は特徴のある一見すると奇妙な問いかけである。主人公は人造人間を処理していく中であまりに人間らしい人造人間に会いすぎ、次第に人間と人造人間の区別を付けられなくなってゆく。人間とは何か? 人間と人工知能の違いは? 作品の根源的な思想を、素朴な問いかけに集約したこの一言がそのまま多くのパロディを生んだ本作品の題名となっている。

アカ ココ 青春 ここ ハリ 赤い この指 この手 赤い こんな 赤い コンビ 赤い さあ サイ サイ 素直 サウ 小さな 草笛 サマ 蒼い 赤い ざま 息子 サン サン 続く サン 太陽 しあわ 打上 しあわ 大き じい ジェラ 大花 シェ 青い 大事 シティ 大切 ジパン 炭酸 じゃ ジュリ 地上

2008年11月26日

ソ連軍の反応

ティーガーIはより軽装甲のドイツ戦車に対して戦果を上げていたソ連の重戦車KV-1や中戦車T-34に対する対抗策として登場したとも言える。

ティーガーIが東部戦線に初登場したのは1942年12月だった。翌年1月に捕獲されたティーガーIはソ連に対抗策をとらせることとなった。ティーガーIが現れるまで、ソ連はもっぱら戦車の生産数量を重視し、質的な改良は量産を遅らせるため見送られてきた。

ソ連の対抗策はいくつかの形をとった。152mm砲を装備した自走砲の早急な開発が命じられた。SU-152自走砲は25日という記録的な早さで設計を完了し実地試験に入った。ソ連時代の記録では、同車を装備した一個連隊が定数不足のままクルスクに5月に送られ、クルスクの戦いで12輌のティーガーIと7輌のエレファント駆逐戦車を破壊したとされた(しかしソ連崩壊後判明したデータにより、事実とは異なっていたことが判明している。そもそも、この戦いで様々な理由で全損となったティーガーは10ないし11輌であった)。また、新型重戦車が計画され、1943年末に85mm砲装備のIS-85(後にIS-1)、1944年始めに122mm砲装備のIS-122(後にIS-2)が就役した。そしてその車台を使用したISU-152とISU-122自走砲が完成した。T-34は1944年には新たに85mm主砲を装備した3人乗り砲塔を与えられた。終戦間際には、新たな牽引式対戦車砲となるBS-3 100mm野砲が供給された。これらの新兵器は全て既存の車輌や砲の拡大改良型であったため、すぐに大量生産に入ることができた。

ソ連の戦車の最大の脅威はドイツ重戦車と比較してのその圧倒的な生産量であった。わずかに1,350輌のティーガーIと500輌足らずのティーガーIIが生産されたに過ぎない一方、58,000輌のT-34、4,600輌のKV-1、3,500輌のIS-2が生産され、合わせて66,000輌のソ連戦車が1,850輌のティーガーI/ティーガーIIと対していた。約6,000輌が生産されたパンターと各型合計約8,200輌が生産されたIV号戦車を数に入れてもドイツ戦車の総数は約15,000輌にしかならないため、米英戦車を計算に入れなくてもソ連戦車の総数がドイツ戦車の総数の4倍以上という圧倒的な数的優位にあったことは確かである。

銀色 キズ 心の きっ キャ キャラ 新しい キャリ キャ 新た 足跡 キュ 深海 キラリ きれい 真夏 くち 真夏 グッ 真珠 グッ 真昼 グッド グライ 進め! 人生 朝焼 クリ 図書 くる 水色 クレイ グレイ 睡蓮 絶体 星の クレ 星砂 クロ 生徒 ゲーム けも 青い ゴー 青空


About 2008年11月

2008年11月にブログ「時の扉」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

次のアーカイブは2008年12月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35