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2009年09月 アーカイブ

2009年09月03日

日本のサラダ伝来

江戸時代以前の日本では、瓜、スイカなどを果物として食べ、ネギなどを薬味にする以外に、野菜をそのままで生食する習慣はなかった。付け合せやビタミン源としての野菜は漬物がその役割を果たしていた。

明治時代になって、日本に洋食が伝来すると、豚カツなどにキャベツの千切りなどが付け合わされた。また、サラダの材料となる生野菜も輸入されるようになり、一部の食通の間では、生野菜のサラダが食されていた。大正時代には、料理本などで紹介されるようになったが、しかし、まだまだ一般の人びとの食卓に並ぶものではなかった。
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現在のような、単品の料理としてのサラダの歴史は、太平洋戦争以後、GHQの宿舎として接収された帝国ホテルで、1949年(昭和24年)12月24日のクリスマスイブパーティーにシーザーサラダが提供されたのが始まりである。当時日本では下肥の利用が一般的であり、回虫、ギョウチュウなど寄生虫が蔓延していた。これに対しGHQは化学肥料、堆肥の使用を徹底。その後も、厚生省から1955年(昭和30年)に清浄野菜の普及について指導されたことなどにより衛生面が改善され、安心して生で食べられるようになった結果、サラダも普及していくことになった。

2009年09月18日

マルクスの経済学研究は

マルクスの経済学研究は『資本論』として結実した。1867年に第一巻が出版され、1873年に第一巻第二版が出版された。マルクスの死後、エンゲルスが草稿を編集して第二巻と第三巻を出版した。

マルクスはスミスやリカードの労働価値説を発展させて剰余価値説をうちたて、これによって資本家による労働者の搾取を解明した。彼によれば、資本家は労働者が提供する労働力に対して賃金を支払い、支払った分を超える価値を生み出すよう労働させることによって、超過分を剰余価値として取得する。この剰余価値が資本の利潤となる。土地所有者が土地に対して得る地代、銀行が貸し付けた資金に対して得る利子は、この剰余価値または利潤の一部である。
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剰余価値説に基づく資本主義経済の運動法則の解明は、労働者階級の解放、階級の廃止という共産主義の理想に理論的根拠を与えることになった。

その運動は19世紀末から徐々に分岐し、大まかに言ってベルンシュタイン主義、カウツキー主義、レーニン主義という三つの潮流を生み出した。
1895年にエンゲルスが死去してまもなく、ドイツ社会民主党において正統派のマルクス主義者と見なされていたベルンシュタインが従来と異なる見解を党機関誌で発表しはじめた。

2009年09月27日

キリスト教において、聖人という語は

キリスト教において、聖人という語は、神によって聖とされた信徒を指す。その対象には歴史的に若干の変動があり、また教派によって扱いが異なる。新約聖書に出るギリシア語、ホ・ハギオス(ギリシア語: ο Άγιος, 「聖なる人」の意:現代ギリシャ語ではオ・アギオス)またその複数形ホイ・ハギオイ(ギリシア語: οι Άγιοι, 現代ギリシャ語ではイ・アギイ)に由来する。新約聖書では、ホ・ハギオスという言葉が、かれらの教会の歴史にとっての重要さにかかわらず、生者と死者の両方にあてはめられている。使徒パウロの手紙の多くは「すべての聖なるものたちに」、あるいは「年長者とともに」と宛てられている。たとえばエフェソの信徒への手紙は「エフェソの聖なる人々へ」で始まっている。
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聖人への崇敬は正教会、東方諸教会、カトリック教会、聖公会、ルーテル教会などで行われる。プロテスタントには聖人に対する崇敬を行わない派が多い。

正教会・カトリック教会・東方諸教会など、聖書と同様に聖伝(古代からの伝承)を現代に至るまで尊重する諸教派において、聖人への崇敬は伝統によってキリスト教信仰の一部をなしてきた。このような伝統にしたがって、聖人は神のそばでとりなしを行うことで人々の祈りを聞き入れ、神と人間の媒介としての役割を担うとみなされてきた。

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